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平成27年度(7)  明和政子 ヒトらしい心が成り立つ道すじをたどる

(7) 8/29(土)  明和政子
ヒトらしい心が成り立つ道すじをたどる

15のまなび 明和政子さん「ヒトらしい心が成り立つ道すじをたどる」

京都大学大学院教育学研究科 教授 明和政子先生

地球上には多くの生き物が存在しています。その中で人間とはなにか。何が他の生き物と違うのか。ヒトが「人」らしくなるために必要なことはなにか。それが「心」であるならば、「心」とはなにか。子どもの時にふと思ったそうした疑問を、大人となったいま、研究者として解き明かそうとしているのが、私が社会人入学した大学院の恩師である京都大学大学院教育学研究科教授の明和政子先生です。8月29日(土)の子育ての文化研究所の15のまなびでは、その長年のご研究の成果を分かりやすい言葉で紹介して下さいました。
講座は3つのテーマに分かれていました。
① ヒトとは?ヒトに特有の心のはたらきとは?
② それは、どのように、なぜ進化してきたのか?
③ それは、いつ、どのように獲得されてきたのか?

まず、ヒトとは?ヒトに特有の心のはたらきとは?
先生は学生時代から、犬山にある京都大学の霊長類研究所で研究をはじめ、研究員時代をふくめ15年以上にわたってヒトに特有の心のはたらきについて研究をされてきました。ここでは、同じヒト科で、ヒトにもっとも近いといわれるチンパンジーと、その行動の違いを比較し、「人らしさ」を研究します。例えばチンパンジーは見た物を瞬時にそのまま記憶することができます。けれども人間はそうした能力はチンパンジーに劣ります。どんなにかしこいチンパンジーでも人間の子どもなら1歳半で簡単にできるような「サル真似」が実はとてもむつかしい。チンパンジーの赤ちゃんも人間の赤ちゃんと同じように「新生児模倣」をするなど、多くの研究成果をあげられました。「人間は他の動物にはない特別の能力がある」という研究者もいますが、あるとするならば、それは他人の心の状態を、自分の中に映し出し、自分も同じ心の状態になる、『共感』の能力こそがヒトが人らしくあるための特別の能力だと先生はいいます。

では、その能力はどのように進化して来たのか。
生後1年間、ヒトの赤ちゃんは目覚ましい勢いで発達をしていきます。その過程はあたかもヒトが人らしくなる進化の過程を見るようです.科学技術が進歩し、もの言わぬ赤ちゃんの優れた能力が次々に明らかにされてきました。例えば、モニター画面をみるだけで、見ている人の視線の先を追う事が出来る装置では、赤ちゃんが産まれて間もない時から、幾何学図形の動きよりも生物らしい動きのものを見ることを明らかにしました。また鏡で自分の姿もみたこともなく、まだ話す事もままならない生まれたての赤ちゃんも、“ア、ア、ア”や“ム、ム、ム”といった言葉をきいてその発音の形に口を動かすこともできるそうです。明和先生は、ニルス(NIRS)といわれるヒトの脳活動を調べる機械の新生児用サイズを開発されました。京大付属病院との共同研究では、新生児がすでに大人と同じように外の音をきいていること、また触覚によってより広い範囲で脳が活動していることがわかったのだそうです。「触れる」という触覚経験が赤ちゃんの時期の脳の発達にいかに重要かということが考えさせられました。

こうした数々の赤ちゃんの能力は、いつ、どのように獲得されてきたのか。
先生は、胎児期からの赤ちゃんの感覚経験に注目されました.産まれる前から赤ちゃんはお腹の中ですでに様々な感覚経験をしているそうです。例えば、聴覚。骨伝導により、赤ちゃんは毎日お母さんの声を聞いています.心拍を計測した研究によると、赤ちゃんは自分のお母さんと他の女の人との声を聞き分ける事ができるそうです。お母さんの声を聞いた胎児は、心拍をはやめ、口をぱくぱくと明ける動作をはじめるそうです。また、胎児は羊水の中で指吸いをすることは知られていますが、これも偶然口にはいるのではなく、ちゃあんと指がくるまえに口があいて、指か来るのを待ち構えている、予期的に自分の身体を動かしているということも分かりました.暗-い、お母さんのお腹の中で赤ちゃんは、赤ちゃんなりに身体を使って学習をしているんですね。目には見えないけれど、もうお腹の中から親子のコミュニケーションは始まっていると明和先生はいいます。

講義の前半で、心に残ったことは、
① 『共感』の能力こそがヒトが人らしくあるための特別の能力だということ
② 生後まもなくから多くの優れた能力を持つが、「触れる」という触覚経験が赤ちゃんの時期の脳の発達に非常に重要であるということ
③ お腹の中ですでに赤ちゃんは身体を使って学習をし、目には見えないけれど、親子のコミュニケーションはすでに始まっているということ

ヒトらしさの特徴、胎児•乳児期の触覚経験の大切さについて理解した上で「発達しょうがい」について、再考したいというのが明和先生の最近のご研究テーマ。後半はこの内容についてのご紹介でした。

日本は先進国の中でも早産の出生率が、他の国に比べて加速的に増えているそうです。そして、そうした早産のお子さんの中には、学齢期になって何かしら社会の中での「生きにくさ」を感じているお子さんの出てくる確率が高い。先生はその「生きにくさ」の要因が何からきているのか、どういった生育環境が影響しているのか明らかにし、そうした子ども達をなるべく早い時期からフォローするような環境を整えるべきだと考えてらっしゃいます。

まず、いつからその「生きにくさ」の特徴があらわれでるのかについて、いま京大付属病院の小児科外来の先生の協力をえて、調査が進められています。今年で4年目にはいるこの調査では生後半年から半年ごとに検査を行い早産のお子さんの発達的な特徴を明らかにしようとしています。検査の内容は、いままでの他の研究者による成果から、自閉症の子どもにあらわれる「物を見る特徴」をチェックするシステムになっています。例えば、彼らは人や生物の動きよりも、幾何学図形の動きを好んで見るなどです。チンパンジーとの比較による研究成果から、ヒトとチンパンジーでは物の見方が大きく異なる事を見いだしてきた先生の意見では、自閉症等と診断され、社会での生きにくさを持っているお子さんは、世界の物の見方や、感じ方など様々な感覚経験自体が、いわゆる「定型発達」といわれる大多数の子ども達と違うのではないか、いろいろな意見もあるけども、先生としては、そうした彼らの生きにくさの要因を早くに見つけてあげ、理解し必要なフォローをしてあげることが必要だと感じられているそうです。

「ひよこクラブ」など赤ちゃんをお持ちの保護者向けの雑誌の監修もされている明和先生。最新の赤ちゃん研究について、赤ちゃんを育てているお母さん達にわかりやすい言葉で伝えて行く講演活動も活発にされています。そうして、いわゆる基礎研究(ある事柄がおきている状態を明らかにする研究。それがどうすれば違う状態になるのかと行った事は応用研究)と保育や子育て支援などの現場をつなげて行く活動をされたいそうです。